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日常と婚活と、ちょっとした幸せと。

アラサーシングルマザー、婚活して相談所とパーティーで2人彼氏ができるも決めかね、そもそも私って何?といい歳して自分探し的な人間活動を始め、その中で出会っためちゃくちゃ素直な大学院生を好きになり2人と別れました。その後、院生の彼から告白され年の差恋愛中。

益若について 〜男性に求めるもの③〜

益若婚活心構え 〜現在〜


人としてあるまじき失態をぶち上げた結果、いままでやっていたのは婚活ではなかったと気づきました。

単に自分の市場価値を測っていただけだったんですね。それも、精神的に無理して良い子を作った状態で。


初期編で書いたように、“何回か会ってみないとわからないから”基準を緩くしたのも、相手を知るためももちろんありますが、たぶん、“何回か会ってみないと内面も含めた自分の価値を正確に測れない”というのもあったのでしょう。相手の内面はおろか自分自身の内面すらよくわかってなかったのにね。今になってわかる、あの時の私。

例えるなら、女子大生がどの程度の男までなら落とせるのか自分を試すために合コンに繰り出すのと似ていました。

当時は本気で取り組んでいるつもりでしたが、実はこんなに軽い感覚だったんです。婚活なのに。


振り返れば、思い切って婚活を始めた理由は年齢的にそろそろデッドラインでは?という焦りと、ちょっとした失恋の痛手と、周りの結婚ラッシュと、金銭的な不安(娘の教育費云々)だったと思います。

つまり、あの男を見返したいという意地、勝者でありたいという世間的な見た目、金、そしてなにより歳も歳だしという曖昧模糊とした理由、これらが合わさった結果非常に不味い成果物(わたくし益若のこと)が出来上がったと。

そしてその副作用といいますか副産物といいますか、男性と知り合うたびに、この人じゃ友達に自慢できないなーとか、うわーこんな私に好意もってるよ、といった醜い感情が産まれ心を蝕み、自分を嫌いになってしまったんですね。まさに悪循環。これぞ婚活鬱。いや婚活鬱と呼ぶには畏れ多いほどに、お安い。思春期の恋愛みたいです。


自分がいかに幼稚なことをしているか客観的に見ることができたからだと思います。ふたつの自問にたどり着きました。


なんのために結婚するのか?


“私”は本当に結婚がしたいのか?



誰かを見返したいからとか、


人に自慢できるとか、


結婚してるから幸せとか、


自分じゃない他の誰かの視点じゃなく、“私”はどうなのか。


この自問にたどり着いた時、ふっと肩の力が抜けたような気がしたのを覚えています。



そんな時、ある男性との出会いがありました。


つづく